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CATEGORY:森下仁丹看板

2007年03月14日

仁丹町名表示板 島原 西新屋敷上之町

島原 西新屋敷 上之町の仁丹看板を発見!

島原の花街エリア内は無いものと諦めていたのですが、しかしありました。


この看板の貴重なところは、”島原 西新屋敷”という標記が入っていることです。

現在、『島原』 という住所名は無くって、住所として標記するなら、

京都市下京区西新屋敷上之町、中之町、下之町、中堂寺町、太夫町、揚屋町の六ヶ町

になります。      ※2007年4月6日記述修正。





島原の正式名称は「西新屋敷」で、日本で最初の公許された花街でした。

その先駆は、室町時代に「九条の里」という傾城局が設置されたのが始まりといわれています。

その後、桃山時代になって、秀吉が1585年に傾城街をつくるのを許可し、

現在の二条・押小路、柳馬場・寺町の間にあたる、方二町の一画に、

「二条柳町」と呼ばれる花街ができました。

それが、二条城造営の時の慶長七年(1602)に、五条魚棚、室町西洞院の間の地に移転となり、

新たに、「六条柳町(六条三筋町)」と呼ばれるようになりました。


その後、 寛永18年(1641)、あるトラブルを切欠にして、

官命で現在の地に強制移住させられ、

その時の移転騒動が、あの「島原の乱」の騒動のごとき混乱振りだったので、

「島原」と呼ばれるようになったとのことです。

(他に諸説があり、周りが田原であったため、島にたとえて島原と呼ばれたという説もあり)


花街としては、昭和52年(1977)まで営業がなされており、

京都の六花街の一つに数えられていました。

現在は、祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町、上七軒の五花街。



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Posted by ずんずん  at 21:30 │Comments(2)森下仁丹看板

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雲仙 国民休暇村 緑の木立と橘湾【国民 休暇村 国民宿舎で温泉 旅行】at 2007年04月21日 01:03

COMMENT
たまたま拝見しました。島原の住人です。
島原の住所は下京区の後に西新屋敷が入ります。下京区上之町、中之町、下之町という地名もありますが別の場所です。
Posted by at 2007年04月05日 21:03
>no nameさん
コメントありがとうございます。
島原は「西新屋敷」が入るんですね。
認識不足で申し訳なしです。
早速、修正をさせていただきます。
これからもよろしくお願い致します。
Posted by ずんずん at 2007年04月06日 14:20
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