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CATEGORY:森下仁丹看板

2007年06月23日

仁丹町名表示板 紫野上柏野町・中柏野町・下柏野町

仁丹看板ファンの皆様、ご無沙汰してます。

季節も梅雨入り、鬱陶しい雨に蒸し蒸しの高湿度かと思えば、カンカン照りの夏のジリジリ日差し。

京都の厳しい季節がやってまいりました。

さて、久々の記事UPでございます。



今回は、旧上京区の現北区、紫野上・中・下柏野町周辺です。

町域は広大で、大雑把に言うと、

北は鞍馬口通、南は上京区との境線、西は御土居・紙屋川、東は千本通の範囲。

それを北から、上・中・下の三町に分けているのです。

しかし、その広い町域であるので、

現在の住所表記では見られない、さらに細かい分割区域があるようです。




まず、「紫野上柏野町」の東町・中町・西町。









次に、「紫野中柏野町」の壽町。




これも消えかけですが、「紫野中柏野町壽町」。




これが面白い看板で、「紫野中柏野町壽町」の表記の上から、
「紫野中柏野町旭町」に修正加筆されています。





これは、「紫野中柏野町若廣町」。

今でも町内会の組織は、東部・西部とか、1組・2組とかいったように、
通常、住所表記には出てこない細区分で、町のグループ分けはされていますが、
この若廣町や壽町といったような、固有名詞の町名が付いているのは珍しいですよね。

紫野が"大字"で、中柏野が"字"、そして若廣町が"小字"といったとこでしょうか。




ここは、「紫野中柏野町西町」。
捜せば、中柏野町も東町や中町もあるかもしれませんね。





次は、「紫野下柏野町」の西ノ部。

上柏野町と中柏野町の表記の基準から来ると、"西町"と行きそうなもんですが、
"西ノ部"なんですよね。
やっぱり東ノ部もあるのかな。。。




思いっきり隠れていますが、"西ノ部"です。




いやはや、更なる仁丹看板のワンダーランドに魅了されてしまいました。



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Posted by ずんずん  at 11:31 │Comments(15)森下仁丹看板

COMMENT
記事UPのあと、idecchi_2006さんのBlogを拝見していたら、
紫野中柏野町の南町もあるんですね。
このエリアは無茶苦茶に密集してますね。

http://blog.goo.ne.jp/idecchi_2006/e/09b6dfd557817870c96f00090949da7c
Posted by ずんずん at 2007年06月23日 11:59
町内会などの”通称名”は、どうやら小さな文字で記述するのがルールのようですね。上京区の相国寺門前町で見つけたものは、「相国寺 北 門前町 宮本」となっており、通称名と思われる”宮本”と、そして敢えて付けた”北”が小文字でした。公式ではないということの遠慮があるみたいに。
ちなみに、ここ相国寺門前町は公式には通り名を冠するのですが、この看板は通り名は一切ありませんでした。相国寺や同志社に阻まれているため、”烏丸通今出川上る二丁目東入上る”などとかなり複雑になることと、他に代わる通り名がないので、いっそのこと町内会名にしたのではと想像しています。
ところで、このような細かいこだわり、決して森下仁丹が勝手にできるものではありません。設置する前にきっと町内会などと打ち合わせをしていたのではないでしょうか?会社には資料が残っていないということですが、いつかきっと、町内の言い伝えなどの証言が出てくるのではと期待しています。
Posted by shimo-chan at 2007年06月24日 23:08
shimo-chanさん、ご無沙汰してます。
この梅雨蒸し蒸しの毎日ですが、
あれからも、看板求めて町を彷徨い歩いておられるようですね!

今回、shimo-chanさんに教えていただいた町名の件、
なかなか興味深いものがありますね。

調べてみたのですが、
「相国寺門前町」は、地図や郵便番号帳では一町としか区別していませんが、
地元では、
・相国寺北門前上之町、中之町、下之町、宮本町、
・相国寺東門前町北部、南部
などなど、細かく分かれているようですね。
まだ、西門前**町、南門前**町など、他にあるかもしれません。

それから、これら"北""東"の門前町と細分の各町、
それぞれ正式に住所表記として使われていることがわかりました。

長くなりそうなので、その情報は当blogの別記事でUPしますね。

★追伸  ちず丸(昭文社)のWebMAPで面白い通り名表示を発見しました。
      「下之町通」「仲之町通」
http://www.chizumaru.com/czm/main.aspx?x=488752.000&y=126115.000&scl=500
Posted by ずんずん at 2007年06月26日 13:28
「門前町」の付く町名は随所に見られますが、今日、仕事で大徳寺の近くの紫野上門前町を通ったところ、「本上門前町」なる町名を見つけました。あいにく仁丹看板ではなく、消火器の木製の赤い箱ですが。公称町名としては紫野上門前町だけですから、自治会名なのでしょう。”本”とつけるあたりは、なんか本家とか元祖とかで張り合っている老舗みたいですね。
ちなみに、この近辺、非常に古い家屋が多いのですが、仁丹看板は皆無です。大徳寺の北側では2枚見つけましたが。
Posted by shimo-chan at 2007年06月27日 19:15
shimo-chanさん
魅力的な情報を次々とありがとうございます。
相国寺門前町の"相国寺"と同じように、
「本上門前町」も、"大徳寺"の周辺ですよね。

大徳寺のある紫野大徳寺町が、とても広い町で、
この大徳寺町と門前町3ヶ町にも、
これまた細分化された小さな町があるんじゃないでしょうか。

なにやら、面白そうな匂いがしてきましたね。
Posted by ずんずん at 2007年06月28日 13:32
ブログ見て下さってありがとうございます。最近更新がすっかり滞ってしまって…。
紫野辺り、かなり残ってますね。僕は寺ノ内通り沿いにしか歩かなかったので、もっと丹念に見て廻ろうと思ってます。

大津も魅力的。一度じっくり歩いてみたいです。坂本本町あたりに、町名を説明した石柱が建っていた記憶があるのですが、うろ覚えです。また時間作って坂本探検&情報収集もしたいです。
Posted by idecchi_2006 at 2007年07月02日 20:32
idecchi_2006さん、ご無沙汰してます。
あの紫野の三ヶ町区域は、本当に無茶苦茶残ってます。
やっぱし、idecchi_2006さんのように、足で稼ぐことが仁丹看板の基本ですね。

話は変わりますが、idecchi_2006さん発見の「四條通西洞院西入」の仁丹看板のお店に行ってきました。
お尋ねして、店内で撮影もさせていただき、
ここ数年前に表を改修された時に、店内に張りなおされたそうです。
状態もとても良い仁丹看板で、本当にイイもの見させていただきました。
Posted by ずんずん at 2007年07月02日 21:15
1/3,昨年来2度目の探索で最後の引込仁丹を簡単に発見。ちょっと振り返ったら地べた仁丹の北町(私のリストでは北町の3つ目)を発見。帰りがけに七本松でなんできづかなかったのか!という2枚目の老松町発見。「こいつぁ春から縁起がいいわいなぁ」みんなずんずん氏のおかげです。
Posted by てくの坊 at 2008年01月03日 16:01
てくの坊さん、新年から精力的に探索活動を遂行中ですね。
お正月の町は、以外に雑音が無くて、
探索に集中できるかもしれないですね。
それにお正月のような、大きく街の環境が変わる時って、
「今までなんでこの看板が見えへんかったんやろ…」てな具合に、
新参ものを発見できたりしますね。
いつも山積みの荷物がないとか、お店が休みで出っ張りテントが引っ込んでるとか。
新たな情報楽しみにしてます。

追伸:もうすでにご存知かと思いますが、
仁丹看板や牛乳箱など面白いBlogを書いてはる、
てくすけさんという方がいたはりまして、
そのてくすけさんが、「お気に入りの仁丹看板は?」というお題を立ててくれたはります。
てくの坊さんなら、どちらの仁丹看板がお気に入りでしょうか?
面白いお題なので、是非てくの坊さんも思い巡らせてみて下さい。
結構愉しいですよ。私は現在思案中です…
因みに、てくすけさんのBLOGは下記の通りです。
まだ見ておられないようでしたら、覗いて見られるのをお勧めします。
「◇◆京都 非観光地ガイド◆◇」
http://k-y-o-t-o.seesaa.net/
Posted by ずんずんずんずん at 2008年01月05日 15:18
 私は、何々通何々上ルのタイプが好きです。広域町名タイプは、あまり好きじゃありません。私の好きなベスト3はこんなものかな。
 1 孫橋通東山線(あと欠)
 2 綾小路通柳馬場東入ル(あと欠)
3 麩屋町通綾小路上ル八文字町
 結局、半身不随でも頑張っているのが好きです。八文字町は、蔦となんだかどぎついドアの色とマッチしています。
Posted by てくの坊 at 2008年01月29日 16:15
てくの坊さん、コメントいただいていたのに、
ご返事遅くなっちゃいました。
そうですね、半身不随看板は、
なかなか謎めいていて興味が湧いてきますね。
「孫橋通東山線(あと欠)」
僕もコイツをはじめて見たときは、やられました。
Posted by ずんずん at 2008年03月21日 22:40
「紫野上柏野町 東町」は2枚ありますが、そのうち1枚が、消滅しているのを昨日発見しました。
東側、アパートの階段入口に設置されていた方の分です。
隣の家屋が解体され、それに伴ってということです。
昔の写真を見ると、なるほど、アパートの階段ではなく、今回解体された家屋の樋に取り付けられていました。
はたして、復活のほどは?

花粉症にめげず、大きなマスクをして頑張っています。
(ますます怪しい?)
Posted by shimo-chan at 2009年03月22日 10:58
shimo-chanさん

>「紫野上柏野町 東町」は2枚ありますが、そのうち1枚が、消滅しているのを昨日発見しました。
そうですか。1枚消滅ですか。
ジワジワ来ますね。

>花粉症にめげず、大きなマスクをして頑張っています。
>(ますます怪しい?)
マスクは怪しいです!
自分でもどうしようもなく怪しいので、
マスク我慢して、花粉症爆発してます。
Posted by ずんずん at 2009年03月23日 17:32
ずんずんさん

本日は復活看板のコメントをひとつ。
さて、shimo-chanさんがコメントをしておられた、
「紫野上粕野町 東町」の東側に付いていた看板が、
何と! 鞍馬口通沿いの民家に付いていました。上粕野町の南側の位置にあった看板が、今度は北側に移動しました。

発見に至っては、鞍馬口通を通っていたら「上粕野町」の看板を見つけたので記録したのですが、以前通った時はその民家に看板は付いていませんでした。
Google Mapで見てもやはりその民家に看板は付いていませんでした。
ひょっとして… と思い、蘆山寺通を見たらやはりアパートの隣の民家に付いていた看板でした。
この、一旦消滅した看板は記録していなかったので、良い収穫でした。
やはり、看板の価値をわかっての事やと思います。
消滅看板が多い中でのこの様な事は良い事ですね。(笑)
Posted by でな桜 at 2010年05月29日 22:11
でな桜さん
復活看板の情報をありがとうございます。
町家が取り壊されて消滅する仁丹看板が増えてはいますが、
こういった、復活仁丹の話や実際に復活した看板そのものを見かけることが、
チラホラでてきていますね。
軒下から取り外しはしていても、屋内で付けたり、保管している数が相当あるということを、最近になって知ることができました。
これは、琺瑯製はもちろんですが、木製も少数ながら保管されているということがあるようです。
つい先日の5月26日京都新聞朝刊の「取材ノートから」でも、仁丹看板について取り上げておられました。
2階の軒下に設置されている理由については、ちょっと?ですが。
ネット上でも閲覧できますので、よろしかったらチェックしてみてください。

『消えゆく仁丹町名表示板 老いの街で放つ存在感』
www.kyoto-np.co.jp/kp/rensai/syuzainote/2010/100526.html

また、悲喜こもごも、様々な情報をよろしくお願いします。
Posted by ずんずん at 2010年05月30日 12:54
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