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CATEGORY:森下仁丹看板

2010年12月21日

「京都町名琺瑯看板プロジェクト」始動

去る11月27日、京都北山の京都コンサートホールで、

森下仁丹株式会社「京都町名琺瑯看板プロジェクト」発表会と題して、

「仁丹町名表示板」の新しい看板の筆入れ式が開催された。

すでに、新聞やニュースでも報道され、ご存知の方もいらっしゃると思う。

真新しい無地の仁丹町名表示板が置かれているのは、なんとも感動的な光景である。


書き手の一人である八田二代次さんが、書きたてホヤホヤの仁丹町名表示板を捧げ持っての記念撮影。


復活仁丹町名表示板の紺色はドンピシャの色合いながら、朱色が微妙に明るい。
これは、現在では旧色を出す釉薬が製造されていない為で、やむなく近似色を使っての復刻となったのだ。
因みに、仁丹のマークが異なるのは、復刻版に関しては、現在の仁丹マークを使っているからだ。
これらの相違点は、またまた50年100年と経った時、仁丹町名表示板の年式を判断するのに、
いろいろな評価の対象になる、バリエーションの一つとなるのだ。



実は、この森下仁丹㈱の【京都町名琺瑯看板プロジェクト】始動にあわせて、
我が仁丹町名表示板に集うメンバー5名で、『京都仁丹樂會』なる活動母体を立ち上げた。
滋さん、ゆりかもめさん、shimo‐chanさん、デナ桜さん、そして私、ずんずんの5名。
このセレモニーに、私たちも招待され、3名が出席をさせていただいた。
私は残念ながら、別件の用事と重なりと欠席と相成ったが、
出席してくれたメンバーに画像データをもらい、この記事アップに漕ぎ着けたというわけだ。



~前置きが長かったが、ここからが、式次第に添った内容になる~

いよいよ、森下仁丹株式会社の駒村社長のあいさつからはじまった。


次に、来賓の方々。
まず、門川大作京都市長から壇上に上がられた。


復活仁丹町名表示板の第一弾の、12町内会と京都市役所が発表 された。


書かれた住所に、あれっ?と思う表記があったりして、
そこのところは、設置希望の町内会さんとの話し合いの中で、
仁丹町名表示板のルールに則った表記に調整してゆく予定とのことだ。
そのアドバイザーとして、私たち”京都仁丹樂會”がお手伝いをさせていただくというわけなのだ。


書き手の方々のあいさつ。



いよいよ、この日のメインイベント、「仁丹町名表示板」の初筆入れ式が始まった。
今とばかりに、メディア各社のカメラのレンズが、書き手の八田さんの一筆一筆に降り注がれている。



普通の人なら、こんなシチュエーションでは、手許がびびって、字なんて書けないだろう。
さすがに広告美術業をされておられる八田さんだ。



最後に、記念撮影で大団円。




これは、豊川市の琺瑯看板収集家で有名な佐溝力さんのコレクションである。
記念すべきこの日に、遠いところを重たい仁丹町名表示板を持ってこられたのだ。
因みに、展示品の丸物百貨店の風呂敷も氏の所蔵品とのことである。

ところで、その中の一枚を見て驚いたのだ。
この右側の汚れた板切れであるが、まさしく、木製の仁丹町名表示板である。
驚きは、実はその点ではなく、この木製仁丹が、「西押小路町」のものだったからなのだ。
この木製仁丹は、2009年7月に取り壊された町家とともに消え、
その後、某オークションで売りに出されていた『押小路通車屋町東入 西押小路町』の木製仁丹町名表示板
そのものだったからなのだ。
こういった形で再会できようとは。
落札されたのが、佐溝氏であったとは、不幸中の幸いであろう。
これで、行方知れずのままに失われることだけは免れたことになる。

2010年10月21日の記事で書いたように、
”琺瑯製”の仁丹町名表示板が、大正14年2月18日にはすでに設置されていたことが確認できた。
そのことからすると、森下仁丹の沿革でも書かれている様に、
町名表示板の設置が明治43年に始まったとするならば、
この”木製”の仁丹町名表示板が市中にデビューしたのは、琺瑯製に先んずること推定約15年前ということになる。

この木製仁丹町名表示板であるが、京都市内での現状は以下の通りである。
・現在も街頭での設置を目視で確認できるもの…10枚。
・表面を覆い隠されているため目視確認はできないが、板の形状等から木製仁丹であると判断できるもの…2枚。
・表面の劣化が激しく目視判別は困難ながら、設置町家の方の証言から木製仁丹であると確認が取れたもの…1枚。
・2007年に消滅したもの…2枚。
・2009年に消滅したもの…1枚。 ←これが、西押小路町の木製仁丹。

よって、未確認の不確定分も含めれば、現存13枚+保存確認1枚(西押小路町)となった。
2007年の消滅1枚(戒光寺町)についても、屋内に保存されている可能性が期待される。


ところで、今回立ち上げた『京都仁丹樂會』だが、名刺代わりに渡せるようにと”プロフィールカード”を作った。
その裏面の言葉をここに記しておく。

  八十有余年もの永い歳月、色褪せることもなく京都のまちを見続けてきた仁丹町名表示板。
  今や京都市の立派な『文化財』です。
  住所だけでなく、私たちの知らない京都の歴史や素顔も教えてくれます。
  現役のまま大切にしましょう。
    ~私たちは、仁丹町名表示板を通じて京都を研究しています~

集ったメンバー全員、仁丹町名表示板を探し、見つめている内に、

京都の歴史・文化・伝統・産業はもちろん、その他多くの分野にまで目を向けていることに気づいた。

そして、京都の息吹を感じながら、仁丹町名表示板の奥深さの虜になっていった。


仁丹町名表示板は、いまや激減の境地に立たされながらも、まだ750枚弱の仲間が残っている。

表示された住所の位置に設置され、今もなお現役であることが仁丹町名表示板の素晴らしさなのだ。

だから、生きた仁丹町名表示板が多く残っている京都は、ますますその魅力を増してゆくのだ。

”レトロだけれど生きている・・・だから懐かしくて、いつも新鮮”

それが、まさに仁丹町名表示板なのだ。

これって、京都そのものを言わんとしている様にも聴こえてくるから面白い。

そこが、仁丹町名表示板が、単なる宣伝の琺瑯看板とは大きく異なるところなのだ。


京都市が観光都市であるならば、仁丹町名表示板は京都の魅力を支える掛けがえのない要素の一つである。

観光で訪れた人には、単純な道案内だけでなく、素顔の京都を教えてくれる”道しるべ”にもなるはずだ。

京都に生まれて半世紀のオッサンの私でさえ、日々驚きを与えてくれる仁丹町名表示板はやっぱり凄い。

今ふと思ったが、【京都仁丹樂會監修/仁丹町名表示板・検定!】 みたいなことも、おもろいかもしれんなぁ・・・などと、

考えたりもしているのである。

また、仁丹町名表示板で謎解き探索マップを作ってみるのも、面白いかもしれない。




私たち京都仁丹樂會は、この「京都町名琺瑯看板プロジェクト」への提案・サポートなどを通じて、

一人でも多くの方に、仁丹町名表示板が京都のまちの『生きた文化財』であるという認識を浸透させていきたい。

その意識付けを広め、京都の空気となって定着すれば、

仁丹町名表示板の盗難や、或いは市場に売りに出されるといったことへの抑止力になるのではと考えている。

さらに、その意識の広がりで、今は人目に触れることのない場所で保存されている埋蔵仁丹も、

再び表に現役復帰させ、みんなの役に立ててやりたいと、考える人も出てくるに違いない。

私たちは、そうした動きを促進させたいと考えているのだ。





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Posted by ずんずん  at 22:13 │Comments(16)森下仁丹看板

COMMENT
こんばんは

この催しがあった日は、東山区を歩き回って
町名看板を撮影してました
家に帰って来て、このニュースを拝見しました

こうやって、復刻されていくことは
素晴らしいことだと思いますね
どこまで、森下仁丹さんや地元自治会、
そして行政、オブーザーバーとして参加されている
ずんずんさんの会など、これから興味が尽きません

今日、NHK京都放送局のディレクターさんと話してて
(わたしが年明けに番組に出演することとなりましたので
 その打ち合わせをしていたのですが・・・)
いま興味のあることは何ですか?
と、聞かれて「京都市内にある仁丹の町名看板を撮ることです」
と、話して、写メの画像を観てもらったら
「とても面白い」
と、興味を示されてました

おっしゃる通り、レトロだけれど新しいんですね
今後のご活躍を陰ながら応援させていただきます
ぜひとも、素晴らしいプロジェクトになることを祈ってます
Posted by 京神たかちゃん本舗 at 2010年12月22日 00:04
  ずんずんさんへ パソコン下手の私が初めて、コメントの欄に書かせていただきます。うまくいくか不安ですが、やってみます。上記の記事、楽しく読ませていただきました。この記事を読んで会員が一人でも増えてくれたらと期待しています。先日の忘年会、有難うございました。たった出会ってから数ヶ月の仲間なのに、苔が生えたような年月を感じるのが妙で、料理はまぁまぁなの店なのに、同好の士が集まると味が一流の料理人のものになるって不思議ですね。
 今年はもう何も出来ませんが、来年からの活動に期待が膨れます。ゆりかもめん、Shimo-chan、デナ桜さんそしてずんずんさん、
 どうぞ良いお年を。
Posted by 滋さん at 2010年12月22日 09:21
ずんずんさん

いやいや、京都仁丹樂會のメンバーの思いをすべて説明してくださってありがとうございます。

確かに、この記事を読んで仁丹町名表示板が京都の財産だと皆が感じてくれる事を願うばかりです。
そのような動きになると、盗難や消滅も少なくなるのではないでしょうか?
まぁ、何か仁丹町名表示板を盗んだりしたら、法律で罰っせられる。というようになればいいんですけどね。

レトロやけど新しいそのような仁丹町名表示板が生きている町並みを保全すのが、これからの課題ですかね?
Posted by デナ桜 at 2010年12月22日 13:05
京神たかちゃん本舗さん、激励のお言葉ありがとうございます。
精力的に11月27日は、更なる深みへ杣入るがごとく、探索行に勤しんでおられましたか。
何か新しい発見がありましたか。
仁丹町名表示板の探索は、長い短いに関係なく、平等に発見の機会を与えてくれます。
確かに、”慣れ”というテクニックらしきものはありますが、基本は根気と体力だけです。
面白い情報がありましたら、是非教えて下さい。
今後とも宜しくお願い致します。

ところで、年明けにNHKに御主演とのことですが、勘違いならゴメンナサイ。
フリーのカメラマンをなさっていて、西陣にお住いでしたね。
ひょっとして、今年の瑞饋祭の時、北野の御旅所で名刺交換させていただいた方ではありませんか。
基本路線は、祭り(剣鉾)なものですから。
その時は、H氏と御一緒で、H氏に紹介いただき、名刺交換させていただきました。
Posted by ずんずんずんずん at 2010年12月22日 13:17
滋さん、初のコメント挑戦ありがとうございます。
見事に成功ですね。
簡単だったでしょ。
今年はもう何も出来ません、なんて言わずに、ゴソゴソ活動して下さい。
さすがに、Tシャツに草履は無理ですが、そうしないと体が鈍りますよ。
これからもコメント宜しくお願いします。
Posted by ずんずんずんずん at 2010年12月22日 13:24
デナ桜さん、コメントし終えたら、新たにデナさんのコメントが入っていてびっくりしましたよ。
文章を打っている内に、だんだん熱くなってきて、ちょっとくど過ぎるんじゃないかと、心配したのですが、
もうこのまま行っちゃえ、って感じです。
みんなの気持ちを100%代弁できているかは?ですが、激励のコメントありがとうございます。
今度は、本町ご訪問が楽しみですね。
ではまた宜しくお願い致します。
Posted by ずんずんずんずん at 2010年12月22日 13:29
ずんずんさん 僕らの熱い思いを素晴らしい文章で表現してくださいました。ありがとうございます。晴れて「京都仁丹樂會」の発足が公になり、また責任もありやりがいもあると思います。
やり方は違いますが、みんな仁丹町名表示板に魅せられた人ばかり。
持っている資料も仁丹町名表示板にとっては超1級品ばかりです。
特に滋さんの資料は仁丹町名表示板の歴史を語る時において、無くてはならない貴重な物だと思います。後世の研究者のためにも形として残したいですね。
Posted by ゆりかもめ at 2010年12月22日 17:54
ゆりかもめさん、おはようございます。
そうですね、晴れて「京都仁丹樂會」の発足宣言となりました。
熱く、あまりにも熱く、みんなの思いが結集して、ごく自然な結果でしたね。
みんな、最初は一枚一枚と小さな一歩から始め、その中から見つけていった実績は、ゆりかもめさんの言われるとおり、超一級のかけがえのない資料でしょうね。
ぜひ、今準備中のあの計画を形にして行きましょう。
Posted by ずんずんずんずん at 2010年12月23日 10:24
ずんずんさん、お返事が遅れて申し訳ありません

東山区で探しまわってましたが・・・
「分け行っても、分け行っても、深い山」
でしたので、おかげさまで根気がついてきました

ずんずんさんのお言葉に励まされて
これからも「町名看板」の探索を続けて行きます
ありがとうございます

ご質問の件ですが・・・
北野の御旅所は、訪れておりません
年明けに、NHKに出演させていただきますが
生業としている写真のことは間接的にしか
出て来ません

おそらく、ずんずんさんの逢われた写真家の方は
わたしより、もう少しお年を召しておられる方では
ないかなぁ、と推察いたします
お名刺をもし交換させていただいてての
ここでの再会というのも「ご縁」のなせる業やと
思いますが、いつの日か、お逢い出来るのを楽しみに
させていただきます
Posted by 京神たかちゃん本舗 at 2010年12月24日 13:20
まさかこのプロジェクトに微力ながら関わらせていただき、さらにイベントにも出席させていただくなんて、本当に夢のような一日でした。

“夢のような”は会場にいることだけではなく、『白紙の仁丹町名表示板』を目の当たりにできたこともでした。
これが間近で見られる、撮影できる、というのがまさに奇跡。京都の町がいくら奥深いと言っても、どんだけ歩いたところでお目にかかれない品物ですから。
そして、間もなく文字が入れられ、白紙ではなくなる瞬間でもあるのです。

さて、今回のプロジェクトは復刻ではなく、「復活」です。
復刻ならば表現も字体も何もかも昔のまま単に真似ることであり、その根底にはノスタルジーしかないと思うのです。
でも、今回は何もかも“今様に”というのが基本コンセプト。
ご存知のとおり髭のおじさんのトレードマークは時代とともに変化していきます。最初そのトレードマークを当時のものにするか現在のものにするか相談を受けた時、「今のもの!」と私たち5人が一斉かつ一瞬に口を揃えて言ったのがとても印象に残っています。
つまり、現役であってこそ意味がある、正しく住所表示をしてこそ意味があるという「精神を引き継ぐ」ことが大切だと思ったからでしょう。

その精神は、750枚弱の現役の仁丹町名表示板から私たちが自然と学び取ったものです。
京都の住所表示は一見複雑です。でもそこにはちゃんとしたルールが1本通っており、それに反した仁丹はいまだに1枚も出会っていません。
でも、地元で使っている通称も小文字や括弧書きで受け入れることも行っており、公称と地元の要望という公益をバランス良く満足しているのです。
この精神を引き継がなければ、80年以上前に設置を行ったご先祖様の努力が台無しになるというわけです。

さて、今残る琺瑯表示板は80歳以上のおじいさんですが、まだまだ現役バリバリ。
来年は25枚の赤ちゃんが生まれるわけですが、80歳、100歳と長生きすることでしょう。誕生の日が楽しみです。
Posted by shimo-chan at 2010年12月25日 12:05
京都仁丹樂會。単なるマニアの集団と見られるのが嫌でこう名づけました。

京都の仁丹町名表示板は、京都で生まれ育った私たちオジサンにも初めてのことをいっぱい教えてくれます。
そして大げさかもしれませんが、世間から見れば学術的な域に達しているかのようにも見られます。
でも所詮は趣味の世界であり学会ではありません。
肩肘張らずに知的に楽しもうじゃないかと“楽会”としました。

仁丹を探すのは歩くのが基本。
ついでに色んなものが見つかり、感動し、疑問に思い、そして調べてそうだったのかともう一度感動します。
探索活動はそれの繰り返しでした。

京都市は“歩くまち京都”を推進していますが、それともマッチしているだけでなく、第一、歩くというのは健康にとってもいいと思います。
このような形で歩き疲れるのは、なかなかすがすがしいものです。
(余談ですが、歩き疲れて、汗をかいて、ダイエットになったと安堵して、眠眠でビールと餃子でひとりで乾杯というのが私なりの休日の楽しみ方です。)

さて、これからの活動は探索よりも保全活動に重きを置くことになります。
今や一企業の広告の域を出て「京都の文化財」にまで達しています。

そこで、保全活動の出発点は先ずは文化財として認知してもらうことです。これが第1番目。

今回のイベントには京都市長にもお越しいただき、その挨拶の中で“京都の文化財”だと言っていただきましたが、もっともっと大々的に市を挙げての「文化財宣言」をして欲しいと願っています。
そして、市民の財産であることをみんなで認識し、現役のまま大切にしてもらいたいのです。
町名表示板ですから、やっぱり現役でなくっちゃ価値も半減です。

保全活動の第2番目は、行政のサポート部門を作って欲しいということです。市民にまかせっきりではなく、行政も何らかのサポートをしなくてはと思うのです。

例えば、私たちメンバーは外れかかったり盗難の恐れのある仁丹を見つけると、そのお家の方に価値を説明するとともに、大切にしていただくようお願いをする保全活動?もしていますが、何しろ高齢社会のこと、そのお家の方では高いところに付け直すなどできないことも往々にしてあります。
また、家屋の解体で消滅する仁丹もあります。
それらを保全および救出するような駆け込み寺的な行政サポートができないものかと模索しています。

そして、第3番目が盗難防止でしょう。
このように話題になると発生するのが心無い盗難です。
盗品がネットオークションに出ていることもあります。

とにかく、そこに掲げられてこその町名表示板です。
市民のもの、公共のものであり、決して個人で楽しむようなその他の広告用琺瑯看板とは決定的に違うのです。
盗難は京都市民を敵に回すというところをしっかりと認識させたいものです。

さらに第4番目は、埋蔵仁丹の復活です。
実は、大切にされ過ぎて家の中にしまい込んであることが、想像以上に多そうであることが分かってきました。
以上の3点が実現できてきたら、これら埋蔵仁丹も安心して出てくると期待するのです。
やっぱり、簡単には捨てられないというのが、京都の仁丹町名表示板の”人徳”というものなのです。

さて、来年からは仁丹町名表示板にとって、どのような一年になるでしょうか。
Posted by shimo-chan at 2010年12月25日 15:16
京神たかちゃん本舗さん、山頭火ですなぁ・・・
いやいや、まさにその境地です。
分け入っても分け入っても、甍の山に棲む仁丹は、人跡未踏のスポットに潜んでいるのですね。
まだ見ぬ仁丹町名表示板が、私たちの到来を、いずこかの軒下で待ってくれています。
早よこい早よこい、早よこんと、いんでまうでぇ・・・そう言ってくれてます。
その声に耳をそばだてて、そろりそろりとロウジを抜けていきますよね。
そして、出会えた仁丹さんは、期待通りに、なぞなぞを仕掛けてくるのです。
そうして、その答えを求めて、またそろりそろりと、甍の山を歩いて行ってしまうのですね。

この数ヶ月の間、もう全てを見終えただろうと思いきや、京都仁丹樂會の仲間が、新出の仁丹さんを見つけています。
いやいや、まだまだだなと、厳寒の京都なのに、額の汗を拭っていました。

追伸
北野の御旅所の方ではなかったのですね。
失礼しました。
お会いしたのは、息子さんの方だったので、
京神たかちゃん本舗さんと同い年くらいじゃないですか。

それから、この週末に、仁丹町名表示板の売買されている画像をgoogleの画像検索で漁っていたところ、
非常に興味深いBlogを見つけたのです。
仁丹町名表示板を、様々に検証しながら記事アップされておられて、ひょっとして、
京神たかちゃん本舗さんが書いておられるのではないかと、直感したのですが、
また違っていたらゴメンナサイ。
ただ、とても面白い記事が書かれていたのです。

たくさんある中でも、いちばん興味深かったのは、”御旅所下ル”の記事でした。
なるほど、その考え方は思考の外に置いてしまっていたなと、目から鱗でした。
それで、早速、昨日その周辺を探索して、2、3軒に聞き込みを試みました。
具体的な答えは見つかりませんでしたが、ある一つの事実が見えてきました。
それは、”今宮御旅所”でgoogle検索すると、
意外な記事項目が複数に渡ってヒットしていることに気付かされたのです。
もっと細かく見ていくと、もっと面白いこともわかってきました。
わたしが知らなかっただけかもしれませんが、詳しくは、記事でアップしたいと思います。
もったいぶってすみません。
このまま続けると、えらい長いコメントになりそうなので。
もう既に、大概長いですけどね。
Posted by ずんずんずんずん at 2010年12月27日 23:04
shimo-chanさん、熱く語る!
全てのことを網羅して、まとめられていて、素晴らしい文章です。
これで一本の記事が書けますよ。
コメント欄に埋もれさすのはあまりに惜しいです。
まとめて記事にして、上げ直したいと思います。
わたしたち『京都仁丹樂會』の趣意書に当たる文章になるでしょうね。
坂本龍馬の船中八策ちゅうとこでしょうか(喩えがカッコよすぎます?)
人呼んで、『洛中仁丹肆策』???
Posted by ずんずんずんずん at 2010年12月27日 23:07
最近ブログもアップせず、こちらを拝見する機会もなかなか
ありませんでした。
以前何点か、仁丹看板の画像を紹介させて頂いた者です。

その後九州に転勤になってしまいブログ管理もずさんになって
しまいましたが、また京都に戻れることになりました。
そんな折にこのニュースを拝見して、感動いたしました。

こうしたニュースを契機に、色々な看板が再発見されたり、
建て替え時の保存が進んだり、市内を歩く人たちが看板に目を
向ける機会が増えるといいですね。
私もまた仁丹看板探しに挑んでみたいと思っています。
Posted by idecchi_2006 at 2011年01月08日 20:46
idecchi_2006さんへ

京都へ戻られるとのこと、仁丹詣も復活ですね。
私たちも随分と探し回りましたが、それでもまだ新発見をします。
特にいままでなかったところに、突然取り付けられているのを見つけると、とても嬉しいものです。

奥深く大切にしまわれていたのが、近ごろの話題で再認識され、再び日の目を見るようになったのでしょう。

さて、今年は仁丹町名表示板にとってどのような一年になるでしょうね。
Posted by shimo-chan at 2011年01月08日 22:22
idecchi_2006さん!
ご無沙汰してます。お元気でしたか。
そうですか、九州へ転勤だったんですね。
京都に戻ってこられるとのこと、お待ちしてますよ。
仁丹町名表示板の活動も、2010年は新しいステップを踏み出すことになりました。
またコメントや情報などお寄せ下さい。
これからもよろしくお願いします。


shimo-chanさん、
ほんまに、2011年はどんな年になるでしょうね。
すごいことになってそうで、ドキドキしてます。
去年の今頃は、今をとても想像できなかったですもんね。
Posted by ずんずんずんずん at 2011年01月09日 02:13
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