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CATEGORY:森下仁丹看板

2007年01月25日

仁丹町名表示板 姉小路通富小路西入

仁丹町名看板が、ほぼ全滅状態に近い姉小路通で二枚目の仁丹看板を発見しました。

簡単なところにあったのに今まで気づかなかったのは、

姉小路通を西から東へ通ることは多いのですが、

この仁丹看板は東から西へ走らないと見つからないのです。

御池通の一筋北が押小路通。一筋南がこの姉小路通。

御池通を挟んで北と南で、こうも仁丹看板の生息率が違うのも、すごいところです。

その押小路通は仁丹看板の宝庫なのです。

あるは、あるは、あの木製仁丹看板も存在している通りです。

そんなに細い路地(ろうじ)でもない道に、木製が残っているのは珍しいパターンです。

でも、この姉小路通の壊滅状態は、なんでなんで??ですね。

繁華街・三条通に近いということが、災いしているのでしょう。

姉小路通、只今2匹の生息を確認であります。

仁丹町名表示板 姉小路通富小路西入


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Posted by ずんずん  at 13:18 │Comments(5)森下仁丹看板

COMMENT
はじめてコメントさせていただきます。ずんずん様はじめ、皆様の仁丹看板情報、いつも楽しみに読ませて頂いておりました。私も最近家の柱ばかり見て歩いております。


姉小路、今日寺町から堀川近くまで歩いて来たのですが、南側をご覧になりながら歩かれると麩屋町、富小路のほか柳番場あたりにも一つあったように思います(すみません、通りをちゃんと確認しませんでしたが一つは1階です)、それと少し離れて衣棚にも一つあると思います。全部南側です。ご確認頂ければ幸いです。
また何か見つけたら書かせていただきます。
Posted by idecchi_2006 at 2007年04月30日 20:21
>idecchi_2006さん
はじめまして、ずんずんです。
コメントいただきありがとうございます。
なんと、”姉小路通情報”まで感激です。
柳馬場と衣棚、早速チェックしてみます。

ひょっとすると、柳馬場の看板は、これかもかも…
2006年08月23日
人見知りの激しい町名表示板たち
http://zunzun.kyo2.jp/e3591.html
Posted by ずんずん at 2007年05月01日 00:16
ずんずんさん

今回は、この看板について悔しいコメントを…。

半月程前にこの看板の前を通ったら、内装の工事をしていました。
まぁ、建物は壊さないだろうと考えてその時通り過ぎました。
中で、工事をしている大工さんはいました。
そして、1週間が過ぎて前を通ったら工事中でした。当然、中で作業しておられる大工さんはいます。その時も看板を確認して帰りました。
で、1週間が過ぎて様子を伺いに行ったら、何と! 外壁を塗り直してしまっていて看板は消滅していました。目の前で見ていながら、中の大工さんに声をかけなかったのを悔やみました。内装だけやと考えたのが間違いでした。
町家再生を侮ってはダメやと云う事をつくづく感じました。まぁ、ここ1ヶ月程は建物全体を撮るようにしたのですが、この看板も建物全体を撮っておいてたから良しとします。

悔しい反面、嬉しい事もあり「西ノ京池ノ内町」の2枚目を発見しました。以前に探索した地域でしたが、改めてまだまだやなと感じました。
水谷氏のリストには、「西ノ京池ノ内町」は3枚とありますが、もう1枚ってあるんですかね?
Posted by でな at 2010年07月05日 13:15
ずんずんさん

↑上記のコメントは、でな桜でした。
Posted by でな桜 at 2010年07月06日 09:10
でな桜さん、”でな”でも充分わかっちゃいますよ(笑)
『姉小路通富小路西入菊屋町』の看板が消滅は寂しいですが、現状の変化という貴重な情報をありがとうございます。
先日、shimo-chanさんとの話の中で、最近の仁丹看板を大切にする行動には2種類のパターンがあるね、ということがありました。
一つは、改築改装する機会に、設置されていた看板を剥がして仕舞い込んだり、屋内に貼り直すというケースです。
もう一つは、今まで剥がして仕舞い込んでいたものを、あらためて二階軒下の柱に設置しなおすというケースです。
両者の結果は、まったくの真逆なのですが、仁丹看板にある一定の愛着を感じ、仁丹看板が京都の町に似合うファクターだという認識が出てきている結果であると感じます。

それから、「西ノ京池ノ内町」ですが、未整理のごみアーカイブ箱をあさると、2枚はありました。
ただ、全部見ていないのでわかりません。中途半端でごめんなさい。

また面白い情報ありましたら、よろしくお願いします。
Posted by ずんずん at 2010年07月06日 16:57
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